教員インタヴュー

聞き手:人間科学部4年 Yさん(里見ゼミ2期生)

人類学とは何か

――はじめに、里見先生が専門にしている人類学とはどのような学問か、説明していただけますか。

まず、過去30年間くらいで、人類学という分野が大きく変わってきたということがポイントだと思います。人類学は、始まって100年間くらいの比較的新しい学問ですが、もともとは、長期のフィールドワークを通して、昔「未開社会」と呼ばれていたような、西洋以外の比較的伝統的な社会やその文化について研究するという学問でした。

ところが、20世紀の後半になると、植民地の独立やグローバル化といった動きが顕著になってきます。そうした中で、かつての人類学が想定していたようなローカルな「文化」は本当に存在するのかとか、人類学者は何をどのように研究すべきなのか、といったことが根本から問い直されるようになってきました。

そのような問い直しは今でも続いていて、私自身は、そのような変化や模索のただ中で「人間」について考える学問はどうあるべきか、ということを研究しています。


――なるほど。今はそのように人類学を専門にされているわけですが、実は私がはじめて受けた先生の講義は「社会科学の理論」で、社会学の歴史にも詳しい先生という印象がありました。どのような経緯で人類学を専門にされるようになったか教えていただけますか。

たしかに、私は大学に入ってから大学院の修士課程まで社会学や哲学(正確に言えば「社会思想史」ですが)を専門にしていました。その私が20代も終わり近くになって人類学に転向した理由は、一言で言うと、それまでやっていた研究がうまく行かなくなったからです。

学部時代の私は、社会学の理論や哲学といった自分の好きな分野で研究を続けていけると思っていました。しかし、大学院に入ってから、特別に頭のいい人ならばともかく、そういった理論的で抽象的な分野では自分はやっていけないのではないかと、次第に行き詰まりを感じるようになりました。

ちょうどその頃、人類学を言うなれば「再発見」したんですよね。人類学ならば、アフリカや南太平洋で2年間といった長期間のフィールドワークを通して、自分が学問をやっていく上での姿勢や土台をゼロから作っていくことができる、そういう分野ならやり直せるんじゃないか、と思ったわけです。それで、かなり過激な選択ですが、博士課程の途中で人類学をゼロから学び直すことにしました。

南太平洋でのフィールドワーク

――それははじめて聞きました(笑)。では、それから今までどのような研究をされてきたか教えていただけますか。

南太平洋のソロモン諸島マライタ島に住む「海の民」と呼ばれる人たちのところで、これまで合計1年半くらいフィールドワークを行い、この人たちの自然環境との関わりに注目した研究をしてきました。とくに最近では、南太平洋に特徴的なサンゴ礁という環境と人々の関わりに興味をもっています。

実は、マライタ島での調査テーマも、フィールドワークを繰り返す中で移り変わってきました。はじめの頃は、「海の民」の移住の歴史やキリスト教を受け入れてきた歴史など、ふつう「文化」や「社会」と呼ばれる領域についての調査を主にしていました。ところが、そうした調査を続ける中で、マライタ島の人たちと自然環境の日常的で具体的な関わりについてもっと知る必要があると思うようになって、研究テーマは徐々に自然環境の方にシフトしてきました。


――どうして南太平洋を調査地に選んだのですか?

文化人類学の授業を受けたことがある人なら、今から100年前にマリノフスキが南太平洋で行ったフィールドワークについて聞いたことがあると思います。マリノフスキの研究は、現在に至る長期のフィールドワークに基づく人類学の出発点と言われていますが、その意味で、南太平洋は人類学の「故郷」であると言うことができます。

マリノフスキが描いたように、南太平洋の島々では、航海や贈り物のやり取りを通して人と人とのつながりがつねに新たに作り出されてきました。その点で、南太平洋の島々は、「人間にとって社会的なつながりとは何か」という問題を考えるのにぴったりな地域です。もともと社会学や社会思想史が専門だったので、そうした関心からこの地域を選びました。

――なるほど! 実は私も、就職活動で「尊敬している人」を聞かれた時、マリノフスキを挙げました。

人間科学部での教育

――先生のゼミの名前にもなっている「歴史人類学」とはどのような分野ですか。

「歴史人類学」は文化人類学のサブジャンルですが、1980年代くらいに登場した比較的新しい分野です。具体的にはこの時期、マリノフスキ以来の人類学が、調査地の歴史というものをあまり考慮していなかったことが批判されて、人類学にも歴史的な視点を導入しようという動きが起こってきました。それが歴史人類学です。

ただ実は、正確に言うと、歴史人類学というのは必ずしも私の専門分野ではないんですよね。私の前に人間科学部で教えていた先生が歴史人類学の専門家だったので、私がその分野名を引き継ぐことになったのですが、実際には私は「歴史」の研究だけをしているわけではありません。また私のゼミも、歴史人類学だけではなく、現代の文化人類学全般をテーマにしています。

私がまだ社会学を専門にしていた頃、恩師が、当時の社会学分野での流行(具体的には「歴史社会学」の流行)を評して、「昔のことを調べるよりも、もっと難しいのは、人々が生きている『現在』をとらえることだ」と語ったことがあります。人間科学部の学生たちには、私の専門分野やゼミの内容をちゃんと知ってもらいたいと思っています。


――ゼミではどのような教育を行っていますか。

ホームページにも書いていますが、3つのことを重視しています。第一は、先ほどお話ししたように、人類学という分野は過去30年間くらいで大きく変わってきたという認識に立ち、それまでとは違った「新しい人類学」を勉強するということです。第二に、そうした変化の中で重要なテーマとして浮かび上がってきた、「人間と自然環境の関わり」について人類学的に学ぶということで、これはマライタ島での私自身の研究テーマでもあります。最後に、人類学のゼミに来るからには、自分でフィールドワークを行って独自のエスノグラフィー(民族誌)を書く、というスキルを身につけてもらいたいと思っています。

学生へのメッセージ

――ゼミで学んだフィールドワークとエスノグラフィーの技術は、私も就職活動で大いに役に立ったと感じています。では、どのような学生にゼミに来てもらいたいと思っていますか。

フィールドワークを土台としているという点で、人類学という学問を学ぶ上では、自分にとってこれまで当たり前だった世界から一歩踏み出すという姿勢がとても大切だと思います。学生のみなさんには、そのように別の世界に踏み出していく中で、自分にとって意味のある問いを見付け、それに取り組んでもらいたいと思っています。ですからゼミには、そのように一歩踏み出していけるチャレンジ精神をもった学生にぜひ来てもらいたいと思っています。


――最後に、人間科学部の学生たちにメッセージをお願いします。

人間科学部は、社会福祉であったり臨床心理であったり情報技術であったりと、今ある社会的な問題に直接対処しようとする実際的な学問を専門にされている先生が多いですよね。そうした中で、一見「役に立たない」人類学を教え、研究するのは正直やりにくいと感じる時もあります。

ただ、そうした中でもみなさんに言いたいのは、一見「役に立たない」人類学も、人と人との社会的つながりとは何かとか、人間にとって自然とは何かといった根本的な問題が問い直されるような状況では、深いレベルで「役に立つ」のだということです。そして私自身、東日本大震災や原発事故、さらには新型コロナウイルス感染症の流行を経験した現在の日本というのは、まさしくそうした状況にあるのではないかと考えています。

激動する世界の中でそのように「人間」について考えようという意欲のある学生には、ぜひ私のゼミに来て人類学を学んでほしいと思っています。